ナルシストについて
日常会話のナルシスト
第一回のエッセイで、ナルシスト(超俺様主義者)の話を書きました。日常会話で「ナルシスト」と聞くと、ちょっとうぬぼれ屋で、自信家を連想するのが一般的だと思います。
多くの人は一時的に自分が嫌いになったとしても、基本的には自分が好きです。自分を嫌いになってしまったら生きていくのが辛くなりますから。ちょっとの自惚れは“普通”なのです。
例えば「あなたは平均的な人より運転が下手ですか上手ですか」と聞くと、男性の70%、女性の60%が上手ですと答えるそうです1)。統計的に考えると平均的な人(下手でもなく上手でもない人)は50%になるはずですから、自分の能力をきちんと把握していれば、上手だと答える人は50%ぐらいになるはずです。
しかし実際にはそうではありません。多くの人は自分をちょっとかさ上げして考えるのです。一般に女性より男性のほうが、自分の能力を過大評価すると言われています1)。
専門用語のナルシスト
専門用語として使われる「ナルシスト」は、日常使われるナルシストとは少しその意味が変わります。今回のエッセイではその点を説明します。簡単に言えば精神医学や心理学で使われる「ナルシスト」は自己愛の程度が激しいと考えればいいでしょう。精神医学の文脈で使われる「ナルシスト」は自己愛性パーソナリティ障害を持つ人々のことです。
日常生活に支障をきたして医者に相談に来た人々に対して、その症状に応じ医者が診断を行います。診断にはいくつかの診断項目があります。その中の一定の項目数以上の行動を患者が行なった(と医者が判断した)時に、「自己愛性パーソナリティ障害がある」という診断が付くのです。
診断に使われる項目は、例えば
・自分は重要な人物で才能があると根拠なく信じる誇大妄想がある
・自分は特別かつ独特であり,最も優れた人々とのみ付き合うべきであると信じている
・他者から無条件に賞賛されたいという欲求がある
・他者への共感が欠如している
などです。「共感の欠如」とは、例えば他の人が病気や怪我で苦しんでいるとき、その苦しみを理解できない状態をいいます。他の人の感情を共有することができないのです。
一方、心理学者が「ナルシスト」を研究する場合、質問紙法を使うのが普通です。ナルシストの意味は先程の自己愛性パーソナリティ障害と同じようなものです。ただ多くの心理学者にとって、彼らを定義するときの基準は統計的なものになります。事前にさまざまな質問をして、その結果を科学的手続きに基づいて分析し、ナルシストを見つけ出すテストを作ります。このテストはいくつかの質問からなっていて、テストの得点の高い人をナルシストと呼びます。テストの何点以上がナルシストかと言う基準はある程度恣意的です。図1を見てください。平均的なナルシスト得点の人がもっとも多く、高い人と低い人も少なくなります。男性のほうが女性のほうより高くなっています。
例えばこのようなテストを使った北米の研究は、最高経営責任者CEOの5%が高いナルシスト傾向(超俺様主義)を示すと報告しています2)。その研究では124人の人事部長に最高経営責任者について、ナルシストの程度と謙虚さの程度を質問しました。
このときの質問は、例えばナルシスト度については、“CEOは〜
・常に高い給料や賞与を求める
・尊敬するように求める
・他者に丁寧に依頼するのではなく命令する“
など10項目ありました。
また謙虚さについては、“CEOは〜
・他者から学ぼうとする
・たとえ辛辣な意見であってもそれを聞こうとする
・他者の強みをしばしば褒める“
など9項目がありました。
それぞれの項目で、CEOの態度を1から6までの数字で評定させた結果が、図2の棒グラフで示されています。横軸は評定値、縦軸はその評定値を答えた人の%です。棒グラフの上の数字も%です。
赤色のナルシスト得点を見てみましょう。この研究では、最高経営責任者のナルシスト度が相対的に高いと評定された(評定値5と6と答えた)割合は5%でした。これはアメリカで行われた1つの研究であって、日本人のCEOの中にどれだけナルシストがいるのかははっきりしません。
日本では、会社の中のことを外部(研究者)が測定するという習慣がないのでデータが少ないのです。それではなぜ超俺様主義者が組織のリーダーとして不適切なのでしょうか。この詳しい話はまたいずれいたします。またリーダーとして不適切な性格特性はナルシストだけではありません。その話もまたいずれ。
一方、謙虚度が高いと答えた割合は60%でした。最近の北米の研究によれば、謙虚度が高いということは、前回触れた建設的リーダーの特性の1つです。建設的リーダーシップの話もいずれ詳しく書きますが、例えば
・自分ではなく部下のことを考えて動く
・外から見ると謙虚であり、精神的にはタフで自信を持っている
・自分の過ちを認める
・他者からのアドバイスを受け入れる
・自分自身を知り自分に改善の余地があることを知っている。
・他者に友好的で、正直で、信頼にたる人物である。
などです。そんな人になれたらいいなあとは思いますが、私にいわせれば人々はリーダーに多くを要求し過ぎかなとも思います。
・ナルシストという用語は文脈で少し意味が違います
◆参考文献
1) Chamorro-Premuzic, T. (2019). Why do so many incompetent men become leaders? :(And how to fix it). Harvard Business Press (チャモロ=プリミュジック T. 藤井 (訳) (2020).なぜ、「あんな男」ばかりがリーダーになるのか 実業の友社).
2) Wright, P. M., Cragun, O. R., Nyberg, A. J., Schepker, D. J., & Ulrich, M. D. (2016). CEO narcissism, CEO humility, and C-suite dynamics. Technical report, Darla Moore School of Business, University of South Carolina, Columbia.
(この論文は1)マスコミが最高経営責任者にナルシストが多いと騒いでいるけど、実際に調べたら20人に1人ぐらいでした、2)ナルシスト度が高くなれば部下から信用されてなくなります、3)ナルシスト度が高くなれば、成功する確率が低くなります、というようなデータを報告しています。)
文責:下野孝一
